居心地のいい組織は「ヌルい」だけではないか?

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組織における「心理的安全」とは


「チームの心理的安全性」という概念を提唱したのは、ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授だ。
教授は論文の中で「チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」だと定義した。
より現場に即した言い方をすれば、「メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム・職場」が心理的に安全なチームである。
そもそも「チーム」とはなにか。実は職場でチームという考えが導入されたのは、比較的最近のことだ。
マサチューセッツ工科大学のオスターマン教授は、「職場における、チームという概念それ自体が、1980年代以降、最も広まったイノベーションのひとつだ」と評している。
単なる人の集団、すなわちグループは、共通の目標に向かって互いにアイデアを生み出し、ともに問題に取り組むという活動や相互作用によってチームへと変わっていく。

「心理的安全性」の誤解の最たるものが「ヌルい職場」という認識だろう。
この誤解を解き、心理的安全性を正しく機能させるためには、「仕事の基準」(スタンダード)という考え方を理解する必要がある。
ビジネスでは、さまざまな制約で「妥協」の必要性が生じるものだ。ハイ・スタンダードとは、この妥協点が高いことを指す。
「仕事の基準」と「心理的安全性」でマトリクスで描き、職場を4象限に分けて考えてみよう。
心理的安全性が高いが、仕事の基準が低いのが、和気あいあいとしているが仕事の充実感はない、「ヌルい職場」だ。「ヌルい」原因は、心理的安全性にあるのではなく、「仕事の基準」が低いことにある。
仕事の基準も心理的安全性も低いと、リスクを冒してまで他人と関わろうとしない、事なかれ主義の「サムい職場」になる。
一方で仕事の基準は高く、心理的安全性が低いのは「キツい職場」だ。ここではメンバーは罰を避けるために努力することになる。
本書が目指すのは、ハイ・スタンダードで、心理的安全性の高い「学習して成長する職場」だ。メンバーは健全な衝突を起こし、多様なアイデアを効果的に活用することができる。
このような職場では、離職率が低く、収益性も高くなることが特徴だ。

エドモンドソン教授の作成した心理的安全性を計測する質問では、米国とは異なる文化背景を持つ日本の職場の心理的安全性を正確に測定することができなかった。
そこで著者は、「日本のチームの心理的安全性」を計測する組織診断サーベイを開発し、これまで6000人・500チームで計測している。
そこから見えてきたのは、「日本の組織では(1)話しやすさ、(2)助け合い、(3)挑戦、(4)新奇歓迎、という4つの因子があるとき、心理的安全性が感じられる」ということだ。
この4つの因子にアプローチして、心理的安全性を高める取り組みは、変えやすい順に「行動・スキル」「関係性・カルチャー」「構造・環境」という3つの段階がある。
組織構造や意思決定プロセスなどが含まれる「構造・環境」の変革は難しい。「構造・環境」は前提環境として認識し、本書のスコープは「関係性・カルチャー」レベルでチームの心理的安全性をもたらすこととする。

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心理的安全性のつくりかた

心ではなく「行動」にフォーカスする


地位や役職にかかわらず、自分のチームや組織に心理的安全性をもたらそうという意思を持って行動すれば、あなたは心理的安全性をもたらすリーダーだ。
現在の心理的安全性の度合いは、組織やチームの歴史が積み重なった結果である。メンバーが不安や罰を避けるために意見を言わないのだとしたら、それがカルチャーとして染み付いてしまっているのだ。
一つ一つの行動を変えていかなくては、チームは変わらない。その土台になるのが本書が提案する「心理的柔軟なリーダーシップ」だ。
「その時々に応じて、本質的に役に立つことをする」リーダーシップを発揮できれば、心理的安全なチームをつくることができる。
著者らの研究では、リーダーやメンバーの心理的柔軟性の向上はチームの心理的安全性を向上させること、特にリーダーの心理的柔軟性はチームの心理的安全性に学習の促進にも影響があることがわかっている。

心理的柔軟性には「必要な困難に直面し、変えられないものを受け入れる」「大切なことへ向かい、変えられるものに取り組む」「それら変えられないものと、変えられるものをマインドフルに見分ける」という3つの要素がある。
「必要な困難に直面し、変えられないものを受け入れる」が意図するところは、困難な思考や感情が現れたときにそれにオープンになり、行動を起こすための心理的な抵抗を減らすことだ。ビジネスでは想定外のトラブルはつきものだ。
ネガティブな思考・感情・感覚・記憶は、長期的にコントロールし続けることはできないということがわかっている。重要なのはコントロールできないということを理解し、受け入れ、積極的に「味わう」ことである。
「大切なことへ向かい、変えられるものに取り組む」という要素は、前に進むための推進力を与えてくれる柔軟性だ。まずは「大切なこと」を明確に言語化する必要がある。
その上で、自分とメンバーが「大切なこと」に向かって行動しているかを検証していく。
チームにとって「大切なこと」である心理的安全性の構築に向けて、たとえ最初は失敗したり反発があったりしても、チームや組織に合わせて柔軟に行動を変更しながら、行動し続けていくことが重要だ。
「マインドフルに見分ける」ということは、いま・この場で進行中の出来事に気づき続けているということである。これは、「この文脈で、柔軟で適切な行動をとる」ために必要な柔軟性だ。
「心ここにあらず」の状態では、頭の中の思考や感情の渦にとらわれてしまう。座禅やマインドフルネスの実践を通して「言語の世界から距離を取ること」ができると、「いま、この瞬間」への気づきと集中ができるようになる。

また、人は「自分物語」に固執していると心理的柔軟性が失われやすくなる。
「私」の視点から見る「物語としての私」ではなく、「私=世界を眺めているカメラ」という感覚で捉える「観察者としての私」の視点を持つことができれば、柔軟な行動のレパートリーを持つことができる。

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心理的安全性のつくりかた

行動分析でつくる心理的安全性


心理的安全性の4つの因子は、それぞれ「行動」の集積だ。望ましい行動を増やし、望ましくない行動を減らすために、「行動分析」のフレームワークを用いて考えてみよう。
「きっかけ→行動→みかえり」フレームワークでは、「きっかけ」によって「行動」が起き、行動後の「みかえり」が行動に影響を与えると考える。
つまり、人々の「行動」は「きっかけ」と「みかえり」によって制御されているという考え方だ。
何かのきっかけである行動を取ったとき、良いみかえりがあればその行動は増え、悪いみかえりがあればその行動は減る。
この考え方を用いると、「個人攻撃の罠」を避けることができる。
「彼はやる気がない」といった個人の内面を責めるような発言の中身は、じつは「やる気」という言葉で具体的な複数の行動に「ラベルを貼っている」にすぎない。
しかし、そうして内面を責めたところで、行動の変容にはつながらない。
本人や周囲がアプローチできる、行動の「きっかけ」と「みかえり」にフォーカスを当てて、行動に影響を及ぼすことを考えた方が健全だ。

心理的安全性を高めるために重要な「話しやすさ」を改善しようと考えると、「何でも言ってね」というフレーズが思いつくかもしれない。しかし、実際にはそう言われてもすぐに発言できるものではないだろう。
もっと効果的なのは、文脈に応じて具体化した投げかけだ。
新しいプロジェクトを進めるときには「改善点やリスクを思いつく人はいますか?」、部門対応が決まった会議の場では「担当する上で不安な点を教えてください」といった具合に、場面に応じて具体的な質問を投げかける。
意見を出してくれた人にはお礼を伝え、さらにさまざまな意見を募り洗い出していく。正解のない時代には、「意義のある意見の対立」は推奨すべきだ。
一通り意見がでたら、それらを可視化した上で、優先度の高そうなものからアプローチしていくといいだろう。
「きっかけ→行動→みかえり」は、動物でも使える行動原理、「動物行動」だ。
行動をベースに学ぶ「動物行動」とは異なり、人間は「言語行動」で言葉で教われば行動していなくとも適切な行動を学ぶことができる。
これこそ人間がルールに従う能力の源泉だ。言葉には「いま、ここにない現実」を創り出す力がある。
言葉によって未来の「みかえり」を関係づける能力は、「ルール支配行動」と呼ばれる。「みかえり」によって、ルールへの従い方は「言われた通り行動」「確かにそうやな行動」「そんな気してきた行動」の3種類に分かれる。
「言われた通り行動」とは、ルール通りの行動をとり、行動そのものからみかえりを得るのではなく、「ルールを守ったことを称賛される」というみかえりを得るものである。
ルールを定めた人の顔色をうかがうことになり、この行動が多いチームは心理的「非」安全なモードに陥りやすい。

「確かにそうやな行動」は、ルール通りの行動をとるものの、行動そのものから「みかえり」を実感しているものだ。
そのため、ルールが機能していない場合は、自分で修正を試みるといった心理的柔軟性を発揮しやすくなる。
最後の「そんな気してきた行動」は他のふたつとは異なり、「みかえりの力を変える」効果がある。
例えば、自分の仕事を楽しんでいる人には、すでに「仕事自体が楽しい」という行動のみかえりがある。そこに、その仕事の重要性を評価する言葉を投げかければ、「みかえりの力が上がる」ことになる。
逆に、「その仕事は重要でない」と心ない言葉をかけられたら、その人は仕事が楽しくなくなってしまうことになるだろう。
このように、みかえりの持つパワーを増強・減退させるのが、「そんな気してきた行動」の「言葉のルール」だ。

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まずは感謝から始めよう


現在、チームに心理的安全性が足りないとしたら、まずはあなたが率先して行動を変えてみよう。そのためのアイデアのひとつが「感謝から始める」ことだ。
最も伝えることが簡単で、かつエンゲージメントにも効くと考えられる「理由をつけて感謝を伝える」ためには、3つのステップがある。
まずは、「いつ・どんな時に、誰が、何をしてくれたのか」を具体的に思い出す。次に、「私にとって、それは何がありがたかったのか」を掘り下げる。
そして最後に「実際に伝える」ようにする。
これを実践しようとすると、普段からメンバーを気にかける必要があることに気がつくはずだ。これをきっかけに、あなた自身が、メンバーをよく見ている良いリーダーに変わることができる。
まずはあなたの行動から、チームの心理的安全性をつくっていこう。

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心理的安全性のつくりかた

【内容紹介】
いま組織・チームにおいて大注目の心理的安全性とは「何か」から、
職場・チームで高めるアプローチ方法をつかめます!

Googleのプロジェクトアリストテレスで、チームにとっての重要性が一気に認知された「心理的安全性」。
本書ではその心理的安全性を理解し、心理的安全性の高い職場を再現できるよう、
そのアプローチについて日本の心理的安全性を研究してきた著者が解説します。

これまで心理的安全性はチームにとって重要なことだけが伝わり、
指標もなくただ漠然とした概念だけが先行して語られてきました。
そして先行した概念は人づてに伝わり、誤解を生み出しながら広まっています。

本書では心理的安全性が「ヌルい職場」ではなく、健全な衝突を生み出す機能であることを解説し、
日本における心理的安全性の4因子「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」を紹介します。

また、研究でわかった心理的安全なチームリーダーに必要な「心理的柔軟性」と、
4因子を活性化させるためのフレームワークを解説。

さらに読者特典として、データサイエンティストでもある著者が開発した、
組織診断サーベイ『SAFETY ZONE®』で心理的安全性を計測できます!

本書によって曖昧に語られてきた心理的安全性が共通言語となり、
指標化とアプローチ方法によって具体的かつ効果的な高め方を導き出せます。